ノートパソコン用車両電源の製作
1.前書き
ノートパソコンを持っている人も多いと思いますが、車の中で使うときに電源はどうしていますか? 私が使ったことのあるノートパソコンでは、大昔のNEC製PC98ノート以外は車のDC12Vでは動きませんでした。現在広く使われているノートパソコンの電源電圧は15V〜20V程度で、12Vでは電圧が低すぎて動きません。無理につないで電源を入れても、内蔵バッテリーに切り替わってしまいます。機種によっては車で使うための電源もあるようですが、大半はAC100Vで使うACアダプタしかありません。そのため、大半の人は車でPCを長時間使う場合はACインバータで100Vに上げて、ACアダプタでパソコンに電源を供給していると思います。しかし、この方式ですと電源を2回変換することになるので効率が悪く電気を喰いますし、インバータとアダプタの2つを転がすスペースが必要で、配線も多く美しくありません。 そこで欲しくなるのがDC12VからDC15〜20Vを直接作り出す電源(DC-DCコンバータ)です。数年前までは、このような直流昇圧は面倒な回路が必要でしたが、現在は便利なICが出回っており比較的簡単に自作することができます。スイッチング電源と言われる、高速スイッチ回路にコイルを組み合わせた回路で、コイルにエネルギーを蓄えて電源と直列にすることにより、入力される電源電圧より高い電圧を得ることができます。今では5ピンICの外付け部品としてコイル、コンデンサ、ダイオード、抵抗を接続するだけで大容量の電源を作ることができるようになりました。しかもスイッチング電源は効率が高く、きちんとした部品を使えば80%以上の効率が得られます。なお、このICに限らず、スイッチング電源の効率は、ダイオードの順方向電圧とコイルの抵抗値に大きく影響されるので、IC単体の効率よりも外付部品の影響の方が大きいと思われます。IC本体の発熱は少なく、小さな放熱板でOKで、小型の電源ができます。 |
|
2.スイッチング電源IC
電源の心臓部は入手性を優先してリニアテクノロジー社製LT1170です。秋葉原の千石電商で通信販売しており、価格はデータ付きで\1750です。スイッチングトランジスタを内蔵し、少ない外付け部品で動作します。今時のICはピン間が非常に狭く、手付けが難しい表面実装ICが多いのですが、このICは3端子レギュレータと同形状の5ピンパッケージでピン間は約2mm、手付け可能でユニバーサル基板が利用できます。主な仕様は以下の通りです。
LT1170 主要仕様
入力電圧範囲 |
3〜40V |
出力電圧範囲 |
65V以下 |
最大電流 |
min5A、max11A(内部トランジスタ) |
効率 |
外付け部品によるが総合では80〜90%程度 |
スイッチング周波数 |
100kHz |
形状 |
TO-220 5ピン |
3.基本回路と部品定数の計算式
主要な計算式だけ挙げておきます。詳細はこちらに書いてあります。ご丁寧なことに日本語訳してあります。ほとんどのことはICがやってくれるので、外付け部品は最小限で済みます。3端子レギュレータに毛が生えた程度の回路で大容量昇圧電源ができるのですから便利になりました。
ユーザが決める項目
記号 |
内容 |
単位 |
Vin |
最低入力電圧 |
[V] |
Vout |
出力電圧 |
[V] |
Iout |
最大出力電流 |
[A] |
Vp-p |
出力リップル電圧 |
[V](ピーク間) |
固定値
記号 |
内容 |
値 |
単位 |
備考 |
f |
スイッチング周波数 |
100,000 |
[Hz] |
|
△I |
SW ON時間中のインダクタまたは一次電流の変化 |
1 |
[A] |
ピーク電流定格(5[A])の約20% |
計算式
記号 |
内容 |
計算式 |
単位 |
Ip |
入力側ピーク電流 |
Vout |
[A] |
L |
インダクタンス |
Vin(Vout - Vin) |
[H] |
C |
出力コンデンサ |
Vout×Iout |
[F] |
R1,R2 |
分圧抵抗 |
Vout |
[Ω] |
電卓では計算が面倒なのでEXCELワークシートを作りました。ご利用下さい。入出力電圧や最大電流等のパラメータを変化させて部品定数がどうなるか計算できます。下記のようなスタイルです。作りかけのおまけもありますが・・・・。
筆者が使っているPCはDELLのINSPIRON1100シリーズで、ACアダプタ出力は20[V]4.5[A]ですので、DC電源もこれにあわせた仕様とします。車のバッテリーは最低で10.5[V]くらいまで下がるので(ここまで下がるとたぶんセルが回らなくなってる)、最低入力電圧は10.5[V]とします。この条件で計算すると以下のようになります。
記号 |
計算結果 |
Ip |
8.57[A] |
L |
50[uH] |
C |
894[uF] |
R1,R2 |
R1=15[kΩ]でR2=1[kΩ] |
ピーク電流はIC最低値の5[A]を越えていますので、物によっては電流制限がかかる可能性があり、電圧が低下するかもしれません。しかし、勝手な想像ですが、4.5[A]という数字はACアダプタ最大出力値であり、たぶんリチウムイオン電池に充電しながらPCを動かす場合でしょう。通常、リチウムイオン電池は充電開始時は1C充電ですから4セル直列の場合は16.8[V]数[A]の電源が必要です。おそらくは2[A]程度は喰うでしょう。そう考えるとPC本体の消費電流はもっと少ないと考えられ、リチウム電池を満充電状態にしておけばどうにか動きそうです。また、バッテリー電圧が10.5[V]まで下がったときの話であり、12[V]なら7.5[A]に減ります(でもminを越えているか)。まあ、アマチュア的使い方なのでこんな程度でいいでしょう(^_^;) それにもし電流制限がかかって電圧が落ちても電池に切り替わってPCが落ちることはありません。外部にトランジスタを付ければ大電流が取り出せますが、回路が面倒になるのでパス。
4.接続図
LT1170を使えば簡単な回路で実現できます。コイルはある程度のインダクタンス以上あればアバウトな値で大丈夫なようで、計算上は50[uH]程度になります。あまり少ないと問題が生じますが、大きいぶんにはいいようです。ただし、コイルに流れる電流は計算では最大で8[A]近く、この電流で磁気飽和しないコイルが必要です。通常、インダクタンスが大きいほど耐電流は小さくなります。見あたらない場合は、コイルを並列にして電流を分散させることもできますが、コイルを並列接続すると、抵抗の並列接続と同様の計算式で合成インダクタンスは低下します。例えば200[uH]を2個並列接続すると100[uH]になります。私は手持ち部品の関係で270[uH]2個並列にしましたが、これでも発熱するので磁気飽和しているようです。でもとりあえず動いているからいいか(^_^;) 素性の不明なトロイダルコアもありますが、カットアンドトライする必要があるので面倒なのでやってません。
出力コンデンサは許容リップル電圧で決まりますが、目安としては1000[uF]程度でいいのではないでしょうか。これだとリップル電圧は100[mVp-p]以下になります。負荷はアナログ回路ではなくパソコンの電源なのでいいでしょう。私は手持ち部品の関係で2200[uF]としました。もちろん大きいほどリップルが小さくなります。
ダイオードは出力電流に耐え、できるだけ電圧降下が少ない物を使うと変換効率が高くなります。一般にはショットキーダイオードを使用します。
出力分圧抵抗は、FBピンが1.244[V]になるように設定します。このICはFBピンの電圧が1.244Vになるようにスイッチングタイミングを調整するからです。片方を半固定抵抗にすれば電圧を調整できます。筆者は多回転型の半固定抵抗を使いました。これだと"調整感度"を低くできて電圧調整が簡単になります。これも千石電商で入手できます。
また、もしもの時に備えて出力側にはツェナーダイオードを入れておきます。ツェナー電圧を超えると導通状態になって出力をショートし、高い電圧が負荷にかかるのを防止します。これは主に帰還抵抗がオープンになった時の対策で、基本的にはICが止まると昇圧も止まってしまうので故障時に高電圧が出る可能性は低いと思います。
5.製作
ユニバーサル基板の上に適当に作りました。GNDラインは太い線を使用して抵抗を極力減らします。ICは放熱板代わりのケースに直接触れられる位置に取り付けます。あまり発熱しないのでケース壁面で充分でしょう。ICの放熱フィンはGNDなので、絶縁しないで放熱グリスを塗ってケースに直接ネジ止めできます。ショットキーダイオードも結構発熱するので、できれば放熱対策として足は長めに残しましょう。熱がリード線から逃げやすくなります。回路には割と大きな電流が流れるので、太めの電線を使います。おっと、出力コンデンサの耐圧は気を付けましょう。今回の場合は25[V]が必要です。16[V]だと破裂の危険が。 |
6.調整&動作確認
調整は無負荷状態で目的の電圧になるよう半固定抵抗を回すだけです。あとは負荷試験ですが、なにせ最大出力が90[W]近い電源では、それでも燃えない抵抗が必要で、多くの人は実現不可能でしょう。私も手持ち部品の関係で20[W]出力までしか実験できませんでした。しょうがないのでPC本体でやってみるしかありません。まあ、ノートパソコンの場合は容量オーバーで外部電源が落ちても内蔵バッテリーに切り替わるだけなので実害は発生しませんが。パソコンは使用状況により消費電力が異なるので、できるだけCPUに負荷がかかる状態で試験しましょう。経験的にはHDD連続アクセスがきつい。ウィンドウの移動(ウィンドウをつまんで画面上を動かす)はかなりの電気を喰いました。CD-ROMドライブは意外に喰いません。最大負荷で電源が落ちなければOKです。私の場合はDVDを長時間再生させてテストしましたが、この状態だと12[V]2[A]一定で電源の発熱はあまりありませんでした。PC起動時は一瞬ですが電流計が8[A]近く振れているように見えましたが、電源が落ちることはありませんでした。私のPCは内蔵電池に切り替わるとバックライトが暗くなるよう設定してあるので落ちればすぐ分かりますが、起動時もずっとバックライトは明るいままでした。
本当は全負荷状態で効率を実測したいところですが、できないのが残念です。ただ、ICの発熱は少ないし、コイル、ダイオードの発熱状況からしてほどほどの効率は出ている模様です。
7.ケースに収納
背面より(丸いのはヒューズ) |
穴開け加工をしてケースに入れ、再び動作試験を行えば完成です。付けるのが面倒だし、何かに触れて電源が途中で落ちると困るので電源スイッチは付けていません。振動等で基板がケースに触れないよう、固定するか絶縁して下さい。
ケースに入れるときの注意点は、蓋に配線や部品取付がないような配置にすることです。そうでないと故障したときにバラすのが大変です。見た目をよくするにはそうはいかない時もありますが、見た目よりも機能重視にして下さい。
私の場合、ケースを考えないで先に基板を作ってしまい、それが入るようなケースを買ってきただけで総合的なデザインなしに作ってしまったため、蓋を完全分離できる構造とするにはICをケース底面にもってくるしかありませんでした。おかげで机に置くとネジの頭が飛び出して安定しない。最初からどんなふうにケースに収納するかを考えてから基板上の部品配置を立案すれば美しく仕上がります。
大きさは使用部品の大きさで決まると思いますが、小型化を考えずに適当に作っても付属のACアダプタより小さくできました。市販のACインバータ+ACアダプタの半分以下どころか、おそらく1/5以下の体積、重量ではないでしょうか。効率等を考えると、ACインバータは150Wクラスの容量が必要でしょうから、それなりに大きくなります。 |
横から見たところ |
8.注意点
(1) |
ヒューズは必ず入れましょう。回路を見れば分かるように、出力側はコイルとダイオードで入力と直結状態となり、ICが動いていない状態でも出力をショートすると過電流が流れてしまいます。必ずヒューズを入れましょう。 |
(2) |
バッテリーの消耗に注意。今までの経験では、ノートパソコン使用中は12[V]側で最低でも2[A]近く流れっぱなしで(ウィンカーの電球に相当)、ピークで6[A]くらい(ヘッドライトに相当)流れます。これだけ電気を喰うと、いくら車のバッテリーとは言え消耗します。普通車なら1,2時間は大丈夫でしょうが、数時間ともなるとちょっと心配。長時間使う場合は別のバッテリーを持っていくのが無難でしょう。もしくはたまにエンジンをかけましょう。 |
(3) |
シガープラグの合計電流に注意。パソコンの他に電気を使う場合、合計値が10[A]を越えると車のヒューズが飛びます。パソコンを使う場合、他に電気を喰う物はシガープラグにつながないようにしましょう。 |
9.応用例
12[V]から電圧を上げて使う用途は色々とあると思いますが、シールドバッテリーの充電器(14.8[V])、多数直列のニッケル水素電池の充電器などが思い当たります。リニアアンプに使うとパワーアップできますが、スイッチイング電源なのでノイズがどれほど出るか心配です。私は車で無線をやらないのでわかりません。
なお、市販されている同様のユニットは販売価格2万円だそうです! こんな簡単な電源ですが、自作するメリットは大きいようです。
このICでは容量が大きすぎますが、もっと小容量のブーストアップスイッチング電源ICなら、ニッケル水素電池から高い電圧を作り出して白色LEDを点灯させることも可能です。この方式ですとLED電圧が安定化されるためLEDの明るさが安定化されます。山で使うヘッドランプに使用すればかなりの省エネが可能です。次はそちらに挑戦予定です。
JS1MLQ