山岳移動のためのシールドバッテリーの基礎知識 著作 JS1MLQ
はじめに
現在の6mでの山岳移動では、電源としてもっとも使われているのはシールドバッテリーでしょう。でもシールドバッテリーの正しい使い方を知っている人ってどのくらいいるでしょうか? ここではシールドバッテリーを使う上で知っていると得をする知識について書きたいと思います。これであなたもシールドバッテリーの専門家!
シールドバッテリーの特徴
昔は移動用の電源といえば車のバッテリーが一般的でしたが、それと比較するとシールドバッテリーはいろいろとメリットがあります。
液漏れがない
車のバッテリーは横に倒したりすると中の希硫酸(危険物質!)が漏れ出してとんでもないことになります。シールドバッテリーはどんな方向に置いても問題なし。担ぎ上げ出持ち歩くにはとても便利です。
適度な容量、重さである
車のバッテリーの容量は24AHか36AHのどちらかですが、後述しますがじつは日帰りの運用ではこれほど容量はいらないんです。つまり持ち上げた電池の容量の半分も使わないことが多く、無駄な重さを持ち上げていることになるんです。それに対してシールドバッテリーは日帰りにちょうど良い容量で、電池の性能を無駄なく使えます。やっぱり持ち上げた分は使わないとね。無駄な容量を持って行かなくて済む分、荷物を軽くできます。
メンテナンスフリー
密閉式なのでバッテリー液が減ることはなく、寿命に達するまで液の補充をするとかのメンテナンスは要りません。
急速充電が可能
一般のシールドバッテリーは1時間程度の急速充電が可能です。まあ、あんまりこれを使うことは無いでしょうけど。でもお急ぎの場合は便利。
シールドバッテリーの諸特性
バッテリーの容量
バッテリーの容量は普通AH(アンペアアワー)という単位で表されます。これは放電電流と放電時間の積のことで、例えば8AHといえば0.4Aの電流で20時間放電できる能力を持つこと(0.4A×20H=8AH)を意味します。こう見ると1Aで8時間放電しても同じ8AH、性能は同じように見えるでしょうが現実はそうはいきません。8AHのバッテリーでも放電電流を大きくしていくとどんどんみかけの容量が減っていきます。つまり、放電時間をどのくらいかけるかによって同じ電池でも容量が変わってしまうのです。ですから統一的な基準がないと正しい性能の比較ができません。そこで放電時間は20時間と決めて、20時間で放電しきるような放電電流でテストしたときの容量としています。
ちなみにバッテリーではCという言葉が出てきますが、これは電流の大きさを示しています。例えば8AHのバッテリーでは1Cアンペアといえば8Aを表します。容量と同一ですね。0.05Cアンペアといえば0.05×8=0.4Aということです。
温度&放電電流とバッテリー容量の関係
先述の通り放電電流が大きいほどバッテリーの容量が少なくなってしまいます。容量減少は大きな電流を流すことだけが原因ではありません。気温にも左右されます。寒いところでは容量が減ってしまいます。その様子を左のグラフに示します。
この表によると例えば同じ0.05Cの放電電流でも、0℃では25℃と比較して容量が10%減少します。まあ、一般にバッテリーは低温に弱いと言われていますが、思ったよりも性能の低下は少ないようです。9割くらいなら許容範囲でしょう。1C換算で8割、まあまあかな。
また、同じ気温でも放電電流が大きくなるほど容量が減っており、例えば1CAで放電すると約半分の容量に減ってしまいます。そう考えると、例えば同じ8AH分のバッテリーを持っていくのにも、8AHを1個、4AHを2個持っていくのでは、8AH1個の方が長持ちします。
つまり、バッテリーはできるだけ暖かくして、小さな電流でじっくり使っい、容量の小さいいくつかバッテリーにするよりも大きな量量のものにまとめるのが一番性能を発揮できるやり方です。覚えておいて下さい。
残り容量の測定
これは知らない人が多いでしょうが、シールドバッテリーの場合は電圧を測ることによっておよその電池の残り容量が分かります。その測定方法ですが、使用後の場合は使い終わってすぐではなく10分ほど間をおいてから電圧を測定します。充電した後は24時間以上時間をおいてから電圧を測定します。測定した電圧から以下の換算式で容量を計算します。ただしこれは気温が25℃の時の値で、寒いときだと狂いが生じます。これをグラフで表したときの図を一緒に示します。
残り容量(%)=70×電圧−800
例:測定電圧が12.0Vの時:70×12−800=40% まだ40%電気が残ってる
充電方法
バッテリーの充電方法は意外に簡単です。一般的なシールドバッテリーの場合は定電圧電源の電圧を14.3Vに設定し、0.5Ω5W程度の抵抗を直列に入れてバッテリーをつないで下さい。これで半日くらい放置しておけばOKです。この様な定電圧充電では時間が経過するに従って充電電流が減少し、最後は微小電流しか流れなくなるので過充電の恐れは少ないです。
自己放電
電池は使わなくても自己放電といって少しずつ勝手に放電しちゃいます。25℃の状態では1年間で3割くらいの電気が放電してしまいます。温度が高くなるほど自己放電が早くなります。数ヶ月に1回程度の割合で充電することをお勧めします。
寿命
電池も使い方によっては寿命が縮みます。寿命を左右する要因としては以下のような項目があります。
・放電の深さ
1回の放電量が多い(深い)ほど寿命が縮みます。また、放電したまま長期間放置しても寿命を縮めます。使用後は速やかに充電して下さい。
・放電電流の大きさ
放電量が小さくても放電電流が大きい場合、つまり大電流の短時間放電という使い方でも寿命が縮みます。
・過充電
過充電も寿命を縮めます、まあ当たり前ですね。
・充電電流の大きさ
大きすぎる充電電流も寿命を縮めます。
寿命の特性を表した図を示します。これによると100%放電を毎回行っても100回くらいは使用可能です。100回って言うのはなかなかのもので、毎月2回の移動を行ったとしても2年間ということになります。実用上は問題ないでしょう。ちなみにバッテリーは全く使わなくても自然劣化して容量が低下します。数年ごとに買い換えが必要です。そんなわけで中古のバッテリーを購入するときは注意が必要です。中には使い物にならない物もあるかもしれません。見た目が新品だからといって大丈夫とは限りません。製造後数年が経過していると容量が減っています。
代表的なシールドバッテリーの種類
日帰り山岳移動で使うのにちょうど良い代表的なシールドバッテリーを以下に示します。これらは秋葉原では容易に購入できます。大体価格は\3500程度までです。
2.2AH 920g 17.5cm×3.5cm×6.0cm
4.5AH 1800g 9.0cm×7.0cm×10.0cm
6.5AH 2600g 15.0cm×6.3cm×9.5cm
私の場合は状況に合わせてこの3種類を使い分けています。6.5AHなんてのは50W運用をしない限りは必要ないですから。
シールドバッテリーの持続時間の計算
電池のカタログなどを参考に、シールドバッテリーでの運用可能時間を理論的に計算してみま
した。少なくとも、私が知る限りではこんな計算をした例を見たことが無く、計算方
法は自分で考えましたが、どの程度まで正確かははっきり言って自信がありません。
どうしても分からないパラメータが登場してしまい、そこは主観的な根拠をもとに仮定し
た値で補っています。でも、何も無いよりはマシで、ある程度の目安にはなると思いま
す。
なお、ニッカドの場合はシールドバッテリーとは放電特性が違うはずですから、以下に示した
計算例がそのまま当てはまるとは限りません。ただ考え方は同じなので、一部の値を
変更するだけで使えると思います。
まず、持続時間の計算の考え方の説明です。
電池容量は通常はAH(アンペアアワー)という単位で表されます。単位が示す通り、流した
電流値と持続時間を掛け合わせたもので、例えば6.5AHだったら0.325[A]で20時間電気
を取り出せる(0.325[A]×20[H]=6.5[AH])という意味です。ここで注意しなければなら
ないのは、通常、バッテリーは20時間率で容量表示されていることです。20時間率とは、持
続時間は20時間に固定し、20時間で電気が無くなるような電流を流したときの容量のこ
とです。何も考えなければ、6.5[AH]なら6.5[A]流したら1時間持続する(6.5[A]×1[H]=
6.5[AH])ように思えますが、実は電流が多くなると容量が減少してしまうのです。この
ように同じ電池でも流す電流の大きさで容量が変わってしまい、統一的な測定条件が
必要になりました。そこで一般的には20時間で電池が空っぽになるような電流で容量を
測定することになったのです。放電電流の大きさと容量の関係ですが、メーカーの資料によ
ると20時間率の電流の2倍だと90%、4倍だと78%、10倍では63%程度に低下します。
さて、以上の基礎知識を元に持続時間を計算します。まず、例としてバッテリーは6.5[AH]
リグはTR-9300とします。そして送信、受信状態での消費電流は以下の値とします。
10W送信時消費電流:約2.6[A]、受信時消費電流:約0.5[A]
ただし、送信時の2.6[A]は、10Wのピークでの電力です。FMでは送信している間はずっと
2.6[A]の電流が流れますが、SSBでは声のピークで2.6[A]流れ、無声時にはアイドリング電流
しか流れません。ではSSBの場合、平均するとどのくらいになるのかが問題ですが、
はっきり言って知りません(^_^;)。未だそのような資料を見たことはありません。ただ
リニアアンプを製作して、FMとSSBでの発熱の状態を比較した場合、SSBでは発熱量はFMの半分
以下になるのは間違いなく、ここではピーク電流の半分と仮定します。たぶん現実はもっ
と少ないように思います。送信時も制御系やディスプレイなど、送信に直接関係ない部分も
動いていますので、単純に2.6Aの半分にしてしまうのはダメで、ここでは受信時と同じ
電流が送信系以外の部分で消費され、残りが送信系の電力とします(送信系の電流は2.6
-0.5=2.1[A])。送信系の消費電流の平均はピークの半分とすると1.1/2=1.05[A]。よって、
送信時の平均消費電流は1.55[A]とします。
また、送信と受信の時間の比率は50%づつとします(そこそこ呼ばれている状態。空振
りCQだと受信時間が短くなって電池の消耗が激しい)。これも実測したわけではありま
せんが、まあまあこの程度の線でいいのでは?
バッテリーの容量Cは次の式で求められます。
C[AH]=I[A]×t[H] よって t[H]=C/I
つまり、持続時間の計算は、容量と消費電流で計算できます。ただし、前述のように
20時間率の電流値よりも消費電流が大きい場合は容量が低下しますので、その補正が
必要です。容量補正係数をaとすると
t[H]=C/I×a
さて、C=6.5[AH]はいいですが、Iが問題。正しいかどうか自信はありませんが、ここ
では送信時と受信時の時間比率を加味した両者の平均値を採用します。幸い、ここでは
送信/受信時間比率は50%づつとしましたから単純に両者の平均値をとって(0.5+1.55)/2
=1.025[A]とします。6.5AHの20時間率での電流は325mAですから、1.025[A]はその3倍の
電流で、6.5[AH]よりも容量は低下します。資料ではおよそ84%、5.5AHになります。
よって持続時間は t=6.5/1.025×0.84=5.3[H]=5時間18分
ただし、送信時の電流は平均電流よりも大きいので、送信の瞬間には計算値よりも
電圧が低下して変調がおかしくなる可能性が高く、これよりも短くなると考えられま
す(ただし受信は可能)。でも、今までの経験では6時間程度は持ったので、まあまあ
信頼できそうな値です。
次に比較のためにFT-690+10Wリニアアンプの例で計算してみます。
本体送信時消費電流:約0.8[A]
受信時消費電流:約0.1[A]
リニアアンプ消費電流:約1.4[A]
送信時平均消費電流:約1.2[A]
総合平均消費電流:(0.1+1.2)/2=0.65[A]
容量補正係数:0.9
t=6.5/0.65×0.9=9[H]
つまり、計算上ではFT-690+10Wリニアアンプの方が、TR-9300よりも70%もバッテリーが長持ち
します。逆に言えば、同じ時間運用するなら、より小さなバッテリーで済みます。常時10W
ではなく必要に応じて2.5Wや0.5Wで運用すれば、TR-9300の半分のバッテリーで済みそうで
す。バッテリーの充電が不可能な長期の縦走にはFT-690が圧倒的に有利です。
さらにおまけ。FT-690単体と1.9[AH]バッテリーの場合
本体送信時消費電流:約0.8[A]
受信時消費電流:約0.1[A]
送信時平均消費電流:約0.5[A]
総合平均消費電流:(0.1+0.5)/2=0.3[A]
容量補正係数:0.84
t=1.9/0.3×0.84=5.32[H]=5時間20分
これについては似たような状況での実績があります。FT-690とほぼ消費電流が等しいFT-690mk2に2.2AHのシールドバッテリーを接続して3時間のQSOと1時間のワッチに使用し、帰宅後に電池の残量を測定してみたところ容量の半分しか使っていませんでした。つまり、少なくとも6時間はQSOに使える計算になります。式に1.9AHの変わりに2.2AHを入れると持続時間は6時間10分になり、偶然にも実験結果とピタリ一致します。また、別の山での実績でもFT-690mk2で約6時間動いています。どうやらこの計算方法はそれなりに信用できそうです。おまけですが、8AHのバッテリーで自作50Wリニアアンプを動かしたとこと、3時間半〜4時間は電池がもつことが分かりました。
バッテリーを選択する上で参考になれば幸いです。どうも山岳移動に慣れていない人が
使っているバッテリーを聞くと、えらくデカくて使いきれないほど重い物を持っていく人が
多いので、そんな必要がないことを知っていただけたらいいなぁと思っています。
参考資料 日本電池 小型シール鉛電池 PORTALAC PEシリース 技術資料